HITORIGOTO

こんにちわ! 関 なみです!


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『 雨の音 』  NO.5

  第五話 夜の雨 2

 自分の腕に爪を立てた。濡れた薄い麻の上着から、痛みが伝わる。
 加藤孝実はもういない。その事実が、やっと私の頭にインプットされた。
 もう、会えない。話せない。笑いかけてもらえない。励ましてもらえない。……抱きしめてもらえない。
「死」を理解する事が、こんなに難しい事だとは思わなかった。たとえ、自分を拒否されても、同じ次元にいると思えば、耐えることも出来る。同じ空気を吸っていると思えば、想いを巡らすことも出来る。でも……。もう、彼はいない。

 雨は次第に強くなった。肩にたらした髪から、雫が滴る。
 時折、車道を水しぶきを上げながら走り去る車の、ヘッドライトに照り付けられ、身を隠すように家に向かって歩いた。人気のない通りは、肩を震わせ、嗚咽を漏らしながら歩く私には、申し分ない場所だ。加藤とのことを、ひた隠しにかくしてきた私には、泣ける場所などない。この涙も、自宅についたら、もう流せない。私は、これから私情を捨てて、一警察官として、彼の死を白日の下に曝さねばならない。たとえそれが彼の名誉を傷つけることであっても……。

 その時、後ろからやってきた車のヘッドライトに、突然照らされた。
 車はクラクションを二度鳴らし、驚いて振り向いた私に近寄ってきて、止まった。
 助手席の窓が開けられ、中から怒鳴り声がした。
「何やってんだ、こんな雨の中を! 乗れよ!」
「ダイちゃん……」
 一課の大川刑事だった。私は瞬間、見事に憔悴してずぶぬれで歩いている情けない姿を見られて、躊躇い、顔を背けた。
「馬鹿かおまえは。こんな夜更けに女一人歩いてて、事件にでも巻き込まれたらどうすんだ! 早く乗れ! 風邪ひくぞ」
 そう言って、助手席のドアを開けた。
「でも、濡れてるし……」
 ぼそっと泣いた後の上ずった声で、呟いた。
「いいから。血流してるよりマシだろ」
 大川は、顔を覗かせて、笑いかけた。その笑顔に惹かれるように、「うん」と頷いて、濡れた体を気にしながら車に乗り込んだ。
「どうしたの? 一課はたいへんでしょ? 聞き込みに行くの?」
「いや、夕べのうちに女の関係者には会った。朝になったら、もう一度事情を訊きに行く。鑑識に用があって行ったら、おまえは帰ったって聞いたから、送ってやろうと思ってね」
大川刑事は、後ろを確かめ、ゆっくりと車を発進させた。
「いいのに。家、近いし……」
 彼は、答えないで、真っ直ぐに前を見て運転している。ワイパーのガラスをこする音が、妙に大きく聞こえた。
 広い通りから、路地へ左折すると、暗闇の中に、一軒だけ、明りのついた家が見えた。こじんまりした二階建ての家の一階部分は、カーテンをすかして明かりが漏れている。
「おふくろさん、待っててくれてるんだろ? 心配してるかな」
 車を、家の前で止めて、彼は家を覗き込むように窓に頭をつけた。
「うん、眠っているとは思うけど、明りはつけておいてくれるの。これは父さんが、刑事だったときからの習慣。殉職してからも、しばらく家の明りはつけていたくらいだから」
「そうか。おまえの親父さんも一課のデカだったんだな」
「小学生のまだ一年生の時殉職したから、私は余り父のことはよく覚えてないのよ。悲しいけど……。母さんは、私が警官になるって言ったら猛反対したから、やっぱ引き摺っていると思うよ。だから鑑識に配属された時、手放しで喜んでた」
「そりゃあそうだろ。俺に娘がいたって、絶対に警官なんかにさせないよ。3Kどころの騒ぎじゃないからな、この仕事は」
 二人で、顔を見合わせて、笑った。大川刑事の優しい瞳が、いつもながら、気持ちを和ませてくれる。刑事課の中では、同期ということもあり、一番気の置けない友人だ。
「有難う。送ってくれて」
 私は、笑顔のままで、彼に礼を言い、ドアに手をかけた。
「高木。大丈夫なのか?」
「え……」
「加藤さんのこと。本当に冷静に考えられるのか? このヤマは、殺人事件として捜査が始る。そうなったら、加藤さんの身辺は勿論、関係者は根こそぎ洗われる事になる。おまえのことも、知られるだろう。捜査を外れるべきなんじゃないか?」
 厳しい刑事の顔が、私を見つめている。彼の言葉を反芻するまでもなく、私は唇を噛んでうな垂れた。 私は、間違いなくこの事件の関係者だ。息を一つ吐いた。そして、真っ直ぐに見つめる大川に対抗するように、視線を向けた。
「女は、何者?」
「高木……」
「分かっていること教えて。 事件のこと、知りたい」
 彼は、ふっと息を吐くと、迷うように視線を下げたが、
「風呂で死んでいた女は、山本里香といって、この町の小さな内科医院の看護師だ。独身で27歳。あの高級マンションは、彼女の持ち物だった」
 と、話し始めた。
「独身の看護婦……。あのマンションは、3LDKよ。最低でも7〜8千万はするはずでしょ? 一介の看護婦に買えるとは思えないわ。パトロンでもいたの?」
「それは、まだ今の時点では調べられてはいない。明日、彼女の両親がやってくるから、何か分かると思うが」
 大川刑事は、正面を向き直り、暗い顔で言った。
「加藤さんのほかに、男がいたかも知れないわね」
 フロントガラスの、ワイパーの動きの向こうにある暗闇を見ながら呟くと、大川がまた厳しい表情をして私に言った。
「おまえ……。本当に関わりないんだよな、このヤマ」
「ダイちゃん。どういうこと?」
「加藤さんに未練があって、二人を……」
 思いもかけない彼の言葉に、堪えていたものが噴出すように、大きな声になった。
「待って! 疑っているの? 私が殺したとでも言いたいわけ! 女がいた事だって、知らなかったし、別れ話だって、突然ケータイで言ってきたのよ! 私達、一ヶ月くらい会ってなかったし、今までだって恋人らしい事なんか……」
 溢れてきた感情を、どうする事も出来なかった。声が詰まり、嗚咽が込み上ってきた。加藤との別れ、彼の死、女の存在、警察官としての立場。そして、疑いの言葉……。全てが混ざり合い、涙となって、再び頬を流れた。
「すまない……。分かってるよ……分かってる」
 声を殺して、肩を震わす私を、大川は腕を背に回して抱き寄せた。
 私は、彼に抱きしめられて、その胸の中で声をあげて泣いた。何もかも、体から搾り出すように。


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