HITORIGOTO

こんにちわ! 関 なみです!


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『 雨の音 』  NO. 4

  第四話 雨の夜

 夜を徹して、鑑識活動は続いた。
 私は、作業に忙殺され、感情の赴くままに考えをめぐらす暇など無かった。それが幸か不幸か、頭の中に加藤孝実をただ一被害者の名前として認識していった。私の脳裏で微笑む加藤警部と同一人物であると理解する事を、一先ずは拒否したのだ。
 一通りの採集が済んで、現場保護のための青いシートがベランダと玄関にかけられたのは、午前一時を過ぎてからだ。その後、私達は遺留品を携え、本部へと戻った。

 午前二時。
 鑑識課に戻った私達は、一息つく間もなく、それぞれに持ち帰った遺留品の鑑定の準備に入った。流石に体は石のように重い。それにもまして、今度のヤマは、全員の気持ちまで陰鬱なものにしている。ただ、「何がそこで起こったのか」ということを早く知りたいと、誰もが思っている。皆、無言で手際よく作業に移ってゆく。
 慌しく採取した指紋を整理していた私に、ヤマさんが頭をなでつけながら近寄ってきた。
「真希ちゃん。今夜は、一旦家に戻って休め。明日、所轄との合同捜査になるだろうから、朝から忙しくなる。明日は泊まりになるだろうから、準備もあるだろう」
「え、でも……」
「早く事件の全貌を知りたいのは分かるが、焦りは禁物だ。特に身内の捜査だ。ミスがあっては取り返しがつかん。いいね、明日、新たな気持ちで取り組めばいい」
「捜査本部が立ち上げられますか?」
 カメラを手にした大前田さんが話を遮るように、ヤマさんに尋ねた。全員が同じ表情で、ヤマさんを見つめる。「捜査本部」が出来るという事は、ただの心中事件とは考えていないという事だ。
「いや、はっきり決ったわけではないが、そういうこともあるということだ。とにかく、明日に備えて、真希ちゃんは家で休みなさい」
 ヤマさんは微笑んでいたが、皺が刻まれたやつれた目に厳しさが見えた。彼は、私が現場で動揺していたことを知っていたのだろう。彼の言葉に、客観的で正確な判断を迫られる鑑定作業に、実のところ心身ともに疲れきっていた私は、大丈夫だと胸をはれなかった。
「分かりました。明日、朝戻ります」
「ああ、そうしなさい。ついでに悪いが、おふくろさんに朝めしの差し入れ頼んでくれないか。この時間だと、コンビニくらいしか開いてないし、今夜食うや食わずになるだろうから」
 ヤマさんはそう言って、私の肩を叩いた。実家が歩いていける距離である事から、事件の日は、母がいつも気を利かして、差し入れを用意する。不規則になる署員達には喜んでもらえて、母はいつも張り切っていた。
「はい。きっと用意してると思います。事件で遅くなるって言いましたので」
 皆が、私に顔を向けて笑いかけ、口々に、
「お疲れさん。おふくろさんに宜しく」
 と、声を掛けてくれる。緊張したままだった体から、ふっと力が抜けた気がした。全員に頭を下げながら、私は取り急ぎ部屋を出て、「第一鑑識班」と書かれたドアを閉めた。途端に疲労感が襲う。重い足を引き摺り、ロッカーへ向かった。
 三階の鑑識課のフロアから二階へ階段で降りると、真夜中にも関わらず、廊下を署員が慌しく行き交い、ドアはいちいち開閉され係官が出入りしている。捜査一課の混乱振りが窺い知れた。
 加藤警部の死は、自分達の課の内部から、こともあろうに男女関係というスキャンダラスな事件を世間に配信する事になるのだ。皆、頭を抱えているだろう。刑事が被害者であっても、こんな事件は世間の同情など期待できない。きっと、加藤警部の人となりから、捜査一課の内情まで、尾ひれがついて報道されるに違いない。
 私は、二階の通路を振り返りながら、重苦しい気持ちを抱いたまま、一階へと階段を降りた。

 庁舎を出ると、深夜の街は深い闇に沈んでいた。ぽつぽつと細かい雨の粒が体に当たった。月も星もない空は、天地も分からぬほどに深い闇をもたらしている。
 その中を赤色灯を回転させたパトカーが、数台、静寂を破って止まっている。また、一台が、眠った街へ走り去った。今夜は、この場所だけ、夜から切り離されたように騒々しさが続く。

 家に向かって、ゆっくり歩き出す。雨が少し強くなって、街を打つ音がして来た。
 私は、やっと自分を取り戻したように、雨に打たれながら、事件の事を思い返していた。
 加藤警部の死……。体格の良い、腕っぷしも強い加藤警部が、何の抵抗もなしに、むざむざと女に胸を一突きで殺されるなんて、どう考えても腑に落ちない。それに女も、手首を切るのに、水の中でかみそりを使うだろうか。それも全裸で……。私の脳裏で、第3者の影が黒子のように動いて見えた。
 加藤孝実は、いつも何かを追っていた。私には、それを明かしたことはないが、二人でいても、事件のことをじっと考えているときがあった。それがデカなんだろうと、いつも自分に言い聞かせていたが、結局、私といても、彼は刑事の仮面を取る事はなかった。彼の闘争本能は、どこまでも突き進んでいって、正義を貫く。そんな彼には、私など本当は必要なかったのかもしれない。
 不意に加藤警部の眠ったような顔が、瞼に浮かんだ。そして、その場面を消すように、浴槽の中の美しい女の死体が現われる。二人は、恋愛関係だったのか……。そう思うと、怪しく二つの死体は、体を寄せ合い絡まった。冷静だった気持ちが、途端に乱れる。
「ああ……」
 歪めた顔を手で覆った。ズキッと胸に痛みが走る。
「もう、彼は関係ない人よ。どんな関係だろうと、私が詮索することじゃない」
 思わず、自分に言い聞かせるように言葉を吐いた。そして静かに息を吐く。
 私達は既に終わっていたのだ。いつからか分からないが、彼には私ではなく、一緒にあの部屋で死んだ女と歩こうとしていた人生があったのかもしれない。彼の事はもう、諦めたじゃないか!
「俺のことは忘れろ」――そう言った彼の突き放すような顔が、浮かんできた。愛してほしいと縋る私を拒絶した彼。
 加藤は、最後まで愛しているとは言わなかったし、愛しているかとも訊かなかった。私達は、男と女であっても、お互いを必要としない関係だったのか……。
 いや、少なくとも私は、加藤警部を愛していたし、彼といると幸せだった。ただ、体を合わせるだけの関係でも、私には心の満たされる時間だった。
 でも、もう会えない。二度と……。
 はじめて、体の奥底から、込み上がるものを感じた。息がつまり、背を丸めて呻いた。
 雨に打たれながら、私は泣いていた。

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