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こんにちわ! 関 なみです!


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連載小説 『雨の音』  NO. 3

 第三話 現場
 
 閉ざされた窓の外は、いつしか暗くなっている。
 私達は、現場撮影が終わった後、慌しく遺留品の採取に取り掛かっていた。足跡、指紋、凶器、髪の毛などの遺留品、そして、現場保存。この部屋の全てが犯人に繋がる。いや、犯人がいると仮定するのは間違いかも知れない。今の二つの死体を見て想像する限り、第3者の関与はなかったとも言える。だが、私の思考は、スキャンダラスな無理心中のあらすじを排除しようとする。ささやかな願望のもと、見えない第三者の痕跡を追っている。加藤警部の死を客観視できない、割り切れない気持ちが鑑識としての私をも支配する。目に映った全てを信じたくない……根底にあるこの思いが、5年間の私の鑑識としての実績さえ、崩してしまいそうだった。
 私は、頭を巡る様々な憶測を打ち消すように頭を振った。事件の詳細を把握し、事実を明らかにするのは私達鑑識の仕事ではない。ここで、部屋の持ち主である女を知るべく、躍起になって動き回っている一課の刑事たちであり、もうすぐ到着する検察官たちである。私達は、ただ真実に近づくために、ありもしないものを見つけ出し、そして、あるべきものを白日の下に曝す。真実を導き出し裏付ける物証を得るために、地に這い蹲り、泥の河をさらい、藪に入る。それが職務だ。
「真希ちゃん、どうだ。リビングは終わりそうか?」
 指紋採取のブラシを持つ手を休めず、私は背中を向けたままで、入ってきたヤマさんに答えた。
「あ、はい。もう少し掛かりますが」
「そうか。そろそろ遺体を運び出すぞ。その後、寝室を頼む」
 それだけ告げると、紺色のキャップのつばを下げ、ヤマさんはリビングを出て行った。
 温厚な山倉巡査部長は、鑑識一筋のベテランらしく、忙殺されている皆に目を配りながら、若い者に的確な指示を与えていく。県警の鑑識課も様々なカテゴリーに分かれ、科学捜査が主流になってきたが、やはり現場では、経験と知識が豊富なヤマさんのような人は不可欠だ。しかし、彼も後3年で退官となってしまう。
 リビングで指紋の採取をしていると、開け放したドアから、担架が運びこまれるのが見えた。私は、跳ねるようにドアへ走った。
 寝室では、加藤警部の遺体の検死を追え、周りにいた皆が手を合わしているところだった。そして、遺体は、救急隊員と刑事の手で担架に乗せられ、顔からつま先まで、丁寧にシートが掛けられた。
 私は、その様子をじっとドアの影から見守っていた。でも、その包まれた遺体が、どう考えても、加藤警部だと思えない。ただ、運び出される担架を見ながら、体も心も凍りついたように動けないでいた。うな垂れる事も、手を合わせることさえ出来ない。勿論、泣き叫ぶ事も……。女といたということは認識できても、死んだという事が理解できないでいる。かって愛した男の死を、私はどう受け止めたいのか……。沈着冷静なな鑑識官の顔を持つ私が、この場にそぐわない混乱する女の部分を封じているのだろう。
 しかし、彼が、こんな死に方をするなんて……。
 加藤孝実(かとうたかみ)は、ノンキャリアの出世頭だった。生まれついての天職と本人が言うくらいに、加藤の全てがデカだった。昼も夜もなく事件を追って、街を駆けずりまわっている様な熱い刑事だった。そのために家庭も持たず、四十歳手前の独身男は、いつも前向きで精力的だった。
 私は鑑識に配属され、初めて出向いた凄惨な強盗殺人の現場で、彼と逢った。機動鑑識班の紅一点となった私は、男達の中で、引けをとらずに働きたいという気負いがあったが、流石に惨殺された死体を目の当たりにして、気を失ってしまった。何故、そうなったか分からないが、気が付いたとき病院のベッドの脇に立っていたのが彼だった。大事な現場を放り出し、私についていてくれた訳だ。
 もともと刑事達を支える女房役の鑑識と現場のデカ達は、強い絆で結ばれている。私と彼も、事件の度にあうようになると、信頼関係は自然に生まれてきた。
 いつも、大川をはじめ、自分の部下には厳しい加藤が、鑑識の仕事になかなか馴染めない私には優しく接してくれた。女だからって甘やかすなと言った私に、「女は守るもの」と言って笑顔を向ける。その時、私は彼に惚れたんだと思う。十歳も年の離れた未熟な私が、肩肘を張って困難な鑑識の仕事に携わる姿を、加藤警部は放って置けなかったのだろう。仲間うちでは泣き言も言えなかったが、次第に彼には心を明かすようになっていった。

 私の立つ前を、担架は重そうに運ばれてゆく。グレーのシートに頭からすっぽりと包まれ、ベルトで担架に縛り付けられている。それを黙って見送る。本当にこれに乗せられているのは加藤なのだろうか。他人の空似で、全くの別人ではないのか。
「加藤警部も普通の男だったってことだね」
 ぼんやり外へ出て行く担架を見ていた私の背後で、ため息混じりの声がした。
「曽我先生」
 不機嫌な顔をして立っていたのは、検死のためにやってきた曽我助教授だった。彼は、この町の大学の助教授で、法医学研究所の主任研究員だ。県警からの依頼で、困難な事件には出向いて検死に当たる。まだ三十代だが、的確な所見は、現場の者からの信頼も厚かった。彼は銀縁の眼鏡の奥の目を細め、私と並んで担架を見送った。
「全く、本部も大騒ぎになるぞ。女の部屋で無理心中だなんて、マスコミの格好のネタだ。どこから漏れるのか知らないが、私が到着した時には、このマンションの下に、既にテレビ局が来ていたよ。困ったものだ」
 眼鏡を指で上げながら、知的な顔を歪めて、曽我は冷ややかに言った。
「先生。まだ心中なんて決ってませんから。加藤警部が、そんなに簡単に女に刺殺されるなんて思えませんし。そんな言い方、死んだ人に失礼ですよ」
 私は、怒りの矛先を、このいつもは冷静で思慮深い助教授に向けた。
「あ、いや、そうだね。何だか、身内の事件になると冷静になれなくてね。加藤さんがこんな死に様を曝すなんて、私だって信じられないんだ」
「はい、分かります……。確かに先生の仰るとおり、困った事ですよ。真実がどうであれ、今夜の報道で、世間は警察官のスキャンダラスな事件に、皆顔をゆがめるのは間違いないですもの」
 私は、閉じられた玄関の扉を見つめながら言った。曽我助教授も、白衣のポケットに手を突っ込み、沈鬱な表情で見ている。
「死亡推定時間は出ましたか?」
「ああ、まだ詳しく検死してみないと分からないが、昨夜の深夜というところだろう。死因は細い刃の凶器で心臓を一突き。即死に近い状態だったと思う。解剖してみないと断定は出来ないが」
 曽我は、そう言うと肩で息をつき、私に厳しい顔を向けた。そして、口数の少ない私に、
「2〜3日は署に泊り込みだな。あんまり無理をしないようにね。体が資本だよ」
 と、優しい言葉を掛け、ポケットから出した手で、私の肩甲骨の辺りをポンと軽く叩いた。
「ありがとうございます」
 私はまだ、扉に目を向けたまま、彼に礼を言った。

 加藤警部の遺体に続いて、女も運び出された。二体は、明日、曽我の手で解剖に処され、死因が特定される。
 私は、また指紋の採取に戻った。
 明日になれば、ある程度の真実が明らかになるだろう。今夜は眠れない夜を過ごす事になる。

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