HITORIGOTO

こんにちわ! 関 なみです!


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連載小説 『雨の音』  NO. 1

   第一話 事件

 肩が冷えてきた。
 
 二の腕でしっかり体を抱く。唇を噛み締めながら、濡れた服の下の骨と薄い筋肉を掴む。爪を立て、肉を削いでしまいたいほど、自分が忌々しい。
 雨はまだ降り続いている。一日の喧騒を奇麗に洗い流すように、細い銀の糸は、暗い闇色の空から落ち、雨の沁みこんだ歩道を舐めるように流れる。無造作に歩く私の靴にしぶきが上がって、さらに体が冷えてゆく気がした。
 私は、目を閉じて、顔を空に向けた。こうしていれば、涙も清められる。裏切りに流された黒い涙。貴方の死体に向かって、憎しみしか抱かなかった殺伐とした心に、雨が沁みる。このまま、今日見た全ての悪夢を、脳裏から洗い流せれば、また笑う事も出来るかも知れない。それとも、このまま心を凍りつかせるか……。どっちにしても、もう貴方はいない。

     ****
 
 そこは、大通りに面した十二階建ての高級マンションの八階だった。各自、車から降り、機材を肩に掛け、玄関ホールに続く階段を駆け足で上がる。広いホールに四機あるエレベーターの二機にに分乗して、無言で現場へ向かう。
 県警本部鑑識課機動鑑識係八名が、事件現場へ到着したのは、午前四時二十分。午後から曇った空のために、夕刻が早まったように感じる日だった。
 玄関へ続く共有通路には既に、数人の巡査がロープを張り始めていた。私達は軽く声を掛け、ドアへと急ぐ。一人の巡査が、
「こちらです」
 と、先んじて案内にたった。
 その玄関には狭いがエントランスがあり、奥まったところに一戸建て感覚の重厚な扉がある。
「鑑識の森田です」
 巡査が開け放した扉から、名前を名乗りながら主任が中へ入った。丁度玄関に、先に来ていた一課の刑事が立っていて、
「ご苦労様です。お待ちしていました。現場は寝室です」
 と言って、軽く敬礼した。彼は私と同期に県警本部第一捜査課に配属された刑事、大川浩介。
 一課のヤマには、ほとんど鑑識が出向くため仲間意識も強い。大川刑事とも、気安い友人関係を保っている。
 しかし、彼はいつになく硬い表情をしている。きっと凄惨な現場が待っているに違いない。
 無言のまま次々と室内に上がりこむ鑑識課のメンバーに、大川刑事は道をあける様に壁よりに立っていたが、最後に上がろうとする私の前に突然立ちはだかった。
「高木……。お前は入らない方が良い」
 と言って、私を見下ろした。私は長身の彼の小脇からチラッと部屋を覗き込み、そのまま視線を彼に向けた。
「何故よ! 鑑識課の私が、現場に立ち入れない訳でもあるの? 馬鹿にしないでよ」
 きっと睨みつけると、まだ若い大川浩介は大きく息を吐いて、困惑した顔を近づけ小声で言った。
「殺されているのは……、加藤警部だ」
 告げられた名前が、すぐに頭に入らなかった。ただ、大川刑事の沈鬱な顔を瞬きもせずに見つめる。
「え? 加藤……って。嘘でしょ? つまらないこと言わないでよ」
 見上げる脅えた私の顔を、彼は目を細めて哀れむように見つめる。その表情に、ごくりと生唾を飲んだ。
 私は冗談だと一笑した後、もう一度彼に怒った顔をぶつけた。
「冗談言ってないで、そこをどいて。なんで加藤警部が殺されるのよ」
「本当だ。俺達も驚いて、皆動揺している。こんなところで……」
「嘘!」
 私は、大川刑事の胸を、腕を伸ばし突き飛ばした。そして一歩下がった彼の横をすり抜けた。
 信じられるわけがない。名前を聞いても半信半疑のまま、とにかく急いで現場へ向かう。
 
 内部は、天井にダウンライトがいくつも埋め込まれ、部屋を繋ぐ窓のない廊下も明るく照らされている。白い壁には絵画が飾られ、その両側にいくつかマンションらしからぬしっくりした塗装の木目のドアがあった。その三つ目のドアが大きく開けられ、中から廊下へ、カメラのフラッシュの閃光が漏れてきた。
 私は、部屋に飛び込んだ。
 その十五帖くらいの広い寝室の中央に、ヘッドボードを壁につけた広いベッドが置かれていた。そのまわりを、鑑識の紺色のジャンパーと、少しくたびれた背広の男達が取り囲んでいる。写真係の大前田巡査だけが、一人被写体を追う様に動き回っている。
 私は、息を止めて、その輪に近づいた。そして、森田主任の背後から、隠れるようにしてそのベッドの真ん中に仰向けに横たわっている男をのぞき見た。
「警部……」
 殺されていたのは、間違いなく加藤孝実警部だった。大川刑事と同じ捜査一課、つまり殺人課の主任。そして彼の直属の上司。
 静かに、まるで眠っているように横たわった体からは、死んでいるということが容易に理解できない。首元まで毛布を掛けられて、血液のどす黒い赤に塗れているわけでもなく、抵抗して暴れたり、部屋が荒らされている訳でもない。ただ、静かに横たわっている。生前と変わらず、口元の締まった彫りの深い顔には苦渋の痕さえ伺え知れない。
「まさか……! 何故……」
 呻くように声が口をついて出た。体が宙に浮くような、五感を閉じられたようなショックに襲われる。真っ白な頭の中に、「何故」と「嘘」という二語が渦巻いている。
「真希ちゃん、大丈夫か? 俺らもただびっくりして、ここで加藤さんを見た時は人違いかと思ったよ」
「でも、どうして……死んだなんて、そんな」
 私のうわ言のような言葉に、森田主任が厳しい顔を向けて怒鳴った。
「しっかりしろ! 何故死んだかを調べるのがデカの仕事だろうが!」
「あ……」
 はっとして、森田主任を見つめた。声を荒げる事などない温厚な森田主任の顔も、苦渋の表情を浮かべている。
「身内の事件は辛いが、加藤さんのためにもいい仕事をしてやらないとな」
 大河内警部補が私の肩を掴んで、諭すように言ってくれた。
「はい」
 二人に、顔を上げて返事をした。そして震える唇をぐっと噛み締めた。
 しかし私の中では、彼の死がまだ理解できない。この目で、今見ているのに、横たわっているのは別人で、加藤警部は、この現場のどこかで捜査に当たっているような気がしてならない。
「見て下さい。返り血を浴びないように毛布の上から刺したんですね。この毛布の切れ幅だと相当に細い凶器だ。それに純毛の厚い毛布を突き破り一突きに絶命させているところを見ると、鋭利で鋭いもの」
 フラッシュのたかれる中で、刑事たちは顔を見合わせながら、頭を突合せ、加藤警部を見下ろしている。
 そして、森田主任が、カメラを制して、ゆっくりと毛布を捲った。
 強張ったままで、その様子を見ていた私の背筋に戦慄が走った。
 彼は全裸で、その胸から流れた血の海に浮かんでいるようだった。真っ赤な血は、悉く彼の下の白いシーツとクッションに吸い込まれていた。
「心臓を一突きだ。眠っていたところを毛布の上から、狂いもなく……。女に出来るのか?」
 ずんぐりした体つきの大河内警部補が、胸の傷を確かめるように顔を近づけ、言った。
「女?」
 私は思わず、声を上げた。
「ああ、加藤さんを刺したあと、風呂場で手首を切って自殺している。全く信じられんよ」
 振り向いた大河内警部補の丸顔を、言葉もなく見つめた。体から、凍った血が途端に沸騰して思考を停止した頭に集ったように、私は、息を荒くして、風呂場へ駆け出していた。

        第二話へ
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