HITORIGOTO

こんにちわ! 関 なみです!


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『夢のあとさき』  (3)

  (3)

「大丈夫? 歩けますか?」
 俯いた真帆の顔を覗きこむようにして、恭介は抱きかかえるように彼女を支えた。
 二人の後ろでは、孝子が心配そうに立ち尽くしている。そして、長椅子に掛けた列席者達のひそひそと囁く声が聞こえてくる。
 厳かなパイプオルガンの演奏が流れる中、誰もがこの淋しい花嫁に同情して、その姿をじっと見守っている。最前列の祐介の両親は、悄然として肩を落とし俯いたままだ。
 
 真帆は、ゆっくり顔を上げた。
 正面の祭壇上の壁面に、瞳を閉じキリストを抱くマリア像が、慈愛に満ちた表情で彼女を見下ろしていた。全てを愛でて、許して、抱擁するようなしっとりと美しい像を見つめながら、真帆は幸せに包まれていた頃を思い出した。
――――祐介の傍で笑顔の自分……。
「私、先輩が式を挙げた教会で遣りたい」
「ああ、君が遣りたいところでいいよ。別に形式には拘ってないから」
「ホント? そこね、すごく大きな教会で広い庭があるの。その庭で、まるで小さな北欧の村みたいにテーブルを並べて、バイキングのパーティを開いてくれるの。お料理もね、近くのホテルが出張して来てくれるから」
「はは、解かった解かった。じゃあ、一度見に行こう」
「うん、絶対気に入るわ」

 1年前、研究室に詰めることが多くなった祐介に、結婚を持ち出したのは真帆の方からだった。大学から続く付き合いは、いつも彼の仕事に左右された。薬品メーカーの研究所で働く祐介は、新薬の治験が始まると、泊り込みで研究に没頭する。自宅にも帰らずに、会う事も儘ならなくなった。そんな生活が何ヶ月も続く。真帆は、仕事を生活の中心に置く祐介の傍にいるために、どうしても結婚したいと思った。
 今にして思うと、大学のサークルで知り合った二人は、いつまで経っても友人感覚を拭い切れなかったのかも知れない。果たして、祐介に、自分が一番必要な人間であったのか、七年も恋人という関係を繋ぎながら、真帆ははっきりとそうだと言えないともどかしさを感じていた。
 そして、その不安な気持ちを拭いきるように、「結婚」という儀式に固執したのかも知れない。祐介にとって、自分だけが必要な女でありたい。彼が帰り着く場所になりたいと思っていた。
 真帆にとって祐介は、身も心も燃え尽きるような昂ぶりなどないが、傍にいて安らげる存在。でも、ただ一人の愛しい男性であることは間違いない。それが、きっと二人の愛の形なのだろうと思っていた。
 そんな祐介との心地よい優しい時間をどうしても失いたくはなかった。
 しかし、全ては終わってしまった……。真帆は、彼の冷たい背中を思い出し、目を伏せた。

「真帆さん」
「あ、ごめんなさい。大丈夫です」
 恭介の声に、ベールで表情を隠した真帆の顔が前を見つめ、小さく息を吐く。
 彼女の後ろでは、見守っている列席者達が落ち着かない様子で、皆、一様に教会の入口の扉が開けられないかと気にしている。
 真帆を迎える日本人の小太りの神父が、
「フィアンセの方はまだ見えないのですね?」
 と、優しく微笑みながら尋ねた。
「はい。神父様。申し訳ございません。事情があって遅れております」
 真帆が一礼をして沈んだ様子で言うと、神父は慰めるように優しく微笑んだ。
「そうですか。しかし、それでは結婚の祝福をお与えするわけには行きませんね。祝福は相手の方が見えられてから、私が責任を持って執り行ってあげましょう。今は、列席頂いた方々と貴女に、神のご加護があらんことを祈りましょう」
「ありがとうございます。神父様」
 神父の言葉に、真帆はその場に膝を突き、ブーケを胸に手を組んで静かに目を閉じた。

 恭介は、静かに祈りを捧げる真帆の、清らかな姿に心を痛めた。
 兄のあのときの身勝手な言い分が思い出され、恭介は、唇を噛んだ。
 全てを皆に伝えてこの式を中止させれば、彼女のこれからの苦しみが多少なりとも薄らぐかも知れない。
 真帆は、兄の気持ちを既に知っているはずだ。しかし、こうして兄を待っているということは、二人の間で結婚の意志を確かめ合ったという事だろう。
 兄はここへくるのだろうか。本当に兄が現れなかったその時は、真帆に全てを伝えねばならない。恭介の気持ちは沈んでいく。
 彼は思い悩みながら、細い肩を落としこうべを垂れ、敬虔な祈りを捧げる真帆を黙って見下ろしていた。
 その可憐であでやかな美しさが、あまりに儚く哀れだった。

 祈りが終わった時、真帆は立ち上がり、神父にもう一度、丁寧にお辞儀をして言った。
「神父様。まだ婚約者は来ませんが、お願いがあります。指輪の交換……いえ、私の指に指輪を嵌めてもらっても良いでしょうか」
「真帆さん!」
 驚く恭介を制するように、真帆は神父をまっすぐ見つめたまま凛として言った。
「私はこの指に、結婚した証を頂くために、今日は式を取り止めなかったのです。おかしな事をと思われるかも知れませんが、今、いらして頂いた方たちの前で、指輪を嵌めたいんです。もし彼が間に合わなかったら、皆さんに見てもらえませんから」
 恭介は、真帆の躊躇いのない言葉を聞いて、どきりとした。そして、もしかしたら真帆は恭介が来ないと思っているのかと、言葉を失くした。
 列席者達の間からもざわめきが起こった。しかし、真帆は神父から視線を逸らすことはなく、その表情には迷いはない。
「貴女の気持ちはわかりますが、神聖な儀式です。フィアンセに嵌めてもらう事に意味があるのですよ。彼はきっと来ますから、それは信じなさい」
 神父は、驚いた顔に笑みを取り戻し、真帆を慰めるように肩に手を置いた。
「はい。勿論信じています。彼は来ると……。でも、皆さんに私が指輪を嵌めるところを見て頂きたいのです。こうして私達のために集まって頂いていますのに。そうでないと祝福された気になりません」
 神父は困った顔を向けていたが、真帆の懇願する顔に、ほだされたようだった。
「解かりました。宜しいでしょう。弟さんでしたね? 嵌めてあげて頂けますか?」
「あ、はい。解かりました……」
 恭介は、差し出されたビロードのトレイの上の、二つのプラチナの控えめな輝きを放つ小さい輪を見つめた。

 嵌めていいのか?――――と、手をすっと差し出した真帆の顔を不安な表情で見る。
 彼女は微笑んで、そんな恭介に応えた。
「恭介さん、良いんです。あの人の事は全て解かっています。でも、今日は来てくれると信じたいんです。だから、お願いします」
 恭介は、驚いて真帆を見た。彼女の目に涙が溢れている。
 差し出された細い指は、まるで覚悟を決めているという風に震えもしないで、恭介の手につかまれた。
 信じたい。それは恭介も同じ思いだった。
 指輪を取って、真帆の左手の薬指にすうっと滑らせた。指輪は持ち主に戻ったというように、そのまま指の付け根へ収まった。
 真帆は、恭介に満面の笑みを返した。
「ありがとう、恭介さん。これで証が出来た……。私が祐介と結ばれたと言う……」
 指輪の存在を確かめるように、手の甲をじっと見つめて、真帆はその瞳に溢れた涙を頬に零した。
 恭介はその涙を、言葉もなく見ていた。彼女が全てを知っていて受け入れているのは、間違いなかった。


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