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こんにちわ! 関 なみです!


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『夢のあとさき』  (2)

  『夢のあとさき』 
   (2)


「恭介さん……?」
 
 大河内恭介。祐介の三歳違いの弟。
 彼と会うのは、本当に久しぶりのことだった。祐介と付き合いだし、彼の家に出入りするようになった頃、恭介はまだ高校生で、それも兄の祐介と違い、どちらかというと繊細でおとなしそうな彼とは、挨拶を交わすくらいで親しく話したこともない。
 ましてや、恭介が県外の大学に進学してからは一度も会うこともなく、今日の再会は五年ぶりになる。
 式の出席者を確認する時、祐介からも、弟がこの式にも出るかどうか解からないと、曖昧な返事を貰っていた。たった一人の弟だが、真帆には何故か遠い存在だった。

 その恭介が、突然に彼女の前に現れ、兄の代わりに自分をエスコートするという。真帆は、どう答えていいのかわからなかった。
 ただ、出会った頃と違い、恭介はどこで会ったとしてもきっと分らないほどに、大人の顔に変わっている。少年だった恭介はここにはいない。

 彼は、戸惑う真帆の前に、堂々とやってきた。白い礼装用のネクタイを襟元で緩め、無造作に伸びた髪を掻き上げながら、真帆の前に見おろすように立った。そして、長身の背を屈め、はにかむように笑いかけた。
「恭介! そんな失礼なことを言うものじゃない。祐介の代わりが務まる筈ないだろう!」
 父が彼を制するように、腕を掴んで引きとめる。恭介は、困り果てている父親に、諭すように話した。
「こんなに探しているのに、連絡もしてこない兄貴を、真帆さんに待てというつもりなの? こんな大切な日に遅れるだなんて、来てくれた人に何て詫びる気? 式をキャンセルした方が、彼女だって傷つけないで済むんじゃないのか」
 彼は躊躇いもなくそう言い放って、父の手を払う。
「きっと、ここへ向かっている。車だから連絡できないのかも知れない。それまで、何とか時間をずらしてもらって……」
「兄貴は、来るかどうか解からないよ……!」
「恭介!」
 父親の言葉を遮って、恭介は真帆見つめた。哀れむような彼の視線が真帆を包む。
 真帆は、彼の言葉を聞いて蒼白になった。大きく目を見開いて、白いレースの手袋の震える指先を、隠すように両手を膝の上で握り締めた。

 来るかどうか解からない――――祐介が式に来ないなどということを、ここにいる誰もが、いや、来てないことを知ってざわついているだろう親族たちでさえ、『来ない』とは思っていないはずだ。恭介の否定的な言葉が、真帆の胸に突き刺さる。言葉もなく、脅えるような揺れる瞳で、恭介を見つめた。
 そして、恭介の口元が、次の言葉のために動くことを恐れている。彼は知っているのかもしれない。祐介のことを……何かを。真帆は、強張った表情のままで息を呑んだ。
 この場の誰もが、どうする事もできず、ただ黙ったまま、時間を気にした。

 その沈黙の時を破ったのは、孝子の明るい声だった。
「真帆、そうして貰いなさいよ。祐介君の代りを遣って貰いなさい」
「お母さん!」
 祐介の両親も驚いて見つめる中、孝子はにっこり笑って、手を胸であわせると、
「そうよ。その内に祐介君も来るんだから、それまでの間じゃない。教会側が待てないって言うんなら、仕方ないわ。隣に立ってて貰うだけで良いんだし。これ以上、遠くから来てくれた招待客を待たせるわけにはいかないでしょう」
 と、安堵したように顔を恭介に向け、ついで彼の両親を促すように相槌を打った。
 真帆は、母の顔を心配そうに見つめる。そして、恭介に不安な顔を向けた。彼は、孝子の意見に賛成するように、微笑んでこくりと頷いた。
「お母さんがそう仰るんでしたら……」
 義理の母は困惑した顔で真帆を見た。父は「馬鹿者が……」と、小さく呻いた。
 
 真帆は、恭介の視線を気にしながら、肩を落としている義母に笑いかけた。両親の気持ちを思うといたたまれなくなる。
「お義母さま、心配しないで。祐介は来ますから。また研究所の仕事が気になって、それしか見えなくなっているんですよ。いつものことだから、気にしていません」
「真帆さん、本当にごめんなさいね」
 父ももう一度、彼女に頭を下げ、憔悴仕切った顔を上げて言った。
「解かりました。教会の方には祐介が遅れる事を伝えて、形だけでも進行してくれるように伝えます。列席者には、私から馬鹿息子の事情を話して、遅れてくることを詫びておきますので……」
 父親は、白髪の年老いた眼鏡の顔を痛々しいほどにやつれさせて、また孝子と真帆に、膝に頭がつくほどに体を折って頭を下げた。

 真帆は、口元を結んだまま、固い表情で両親を見つめる恭介を見た。今は、この弟の申し出を快く聞いて、今日の式を無事に終わらせたい。
 意味ありげな彼の視線は、この場の雰囲気を最悪のものに変える危険性を孕(はら)んでいるようだった。
「恭介さん。じゃあお願いします。傍についていてくれるだけでいいですから」
 真帆は冷静に、そして穏やかに恭介に言った。彼は、ゆっくりと頷いた。

「失礼します。では、そろそろ教会の方へご案内しますので」
 世話係の男性が、恭介の両親に言って、白い手袋の手を通路の方へ差し出した。
 入れ替わりに、慌しく数人の気付け係りの女性が入ってきた。

「じゃあ、真帆さん。私達は教会で待っているわね」
 両親が、複雑な笑みを浮かべ、頭を垂れながら出て行った。
 恭介は、椅子から立ち上がりベールを直されている真帆の傍へ立った。真帆が見上げるように彼に視線を向けると、
「真帆さん……。すみません。おこがましいことを言い出して」
 と、消え入るような声で呟いた。
 先ほどまで、父親に居丈高に話していた彼とは別人のように、頬を赤らめ、恥ずかしそうに頭を下げた。
 その様子に、真帆はふっと高校生の恭介を思い出した。真帆が話しかけると視線を泳がせ真っ赤になってはにかむ、ガラス細工のような透明で純粋な少年だった。
 真帆は、漸く穏やかな気持ちになって、彼に微笑かけた。
「ありがとう、恭介さん。とても嬉しかったです」
「いえ……、こんな困った兄でも最後まで信じてやりたい気持ちなんです。絶対、貴女を裏切らないと思いたいんです」
「え……恭介さん……」
 恭介は、一瞬顔を曇らせて、視線を下げた。真帆は、彼の表情にどきりとして、顔を覗きこんだ。
「真帆さん、じゃあ、教会の方で待っています」
 しかし彼は、そう言って笑いかけ、背を向けた。恭介の後姿を、真帆は微笑を消し去り見送った。
 
 ――彼は本当に知っているのかも知れない。祐介がここに来ない理由を……。でも、たとえこの結婚式が茶番劇であっても、どうしても式を挙げたい。それがこれからの私の唯一の支えになる。

 真帆はオーガンジーの柔らかさを手に感じながら、ウエディングドレスの体を抱きしめた。体中から溢れてしまいそうな後悔を、自分ひとりの胸に収めるために。

 
 穏やかな陽射しが、ウエディングドレスの長いベールを透かして、薄い影を落としている。舞い落ちる桜の花びらが、祝福するように肩に降りかかって来た。
 ガーデンの中央に厳かに建つ教会は、まるで異国の風景のひとコマのように、輝く黄金色のカリヨンベルを高い塔に揺らしながら、静かに、荘厳に佇んでいる。
 その重々しい扉が、真帆と、彼女を愛しんできた孝子のために、静かに開かれた。

 教会の中は、ステンドグラスに偏光された柔らかな光に満ちていた。高い天井や、壁の優しい壁画が、聖なる場所をより厳(おごそ)かなものにしている。
 パイプオルガンの穏やかで清らかで深い音色が、心を包むように流れ、真帆を待つ列席者は、皆一様に頭(こうべ)を垂れる。
 全てが愛のために存在するこの場所に、真帆は母に手をとられ、赤い絨毯の上をゆっくりと進んだ。

 最後まで女親の自分が、バージンロードを真帆の手をとり歩くことを嫌がった孝子。そして、父親のいないことを涙ながらに詫びた気丈な母。真帆は、前を見つめたままで、母の手を握り締めた。ありったけの感謝をこめて。そして……、これから母が陥る苦悩に心から詫びながら……。
 
「ごめんなさい。お母さん」
一歩踏み出すたびに、声を殺して呪文のように呟き唇を噛む。
 
 ――――もう、後には戻れない。私は祐介と生きてゆく。

 胸に光を放つクロスをさげた、白髪の神父が、優しい笑みで真帆を迎えてくれる。神父の手にした聖書が、彼女には石の様に重々しく見えた。真帆は、その神父の立つ清らかな場所へ、果たして自分が立てるのかと、不安に刈られた。汚れてしまったわが身。真帆の体は、震えている。

 そして、その神父の隣に、優しく微笑む恭介の姿を見た。
 真帆は、彼を見た瞬間、心が溶かされるように熱い感情が溢れてきた。
「祐介……」
――――こうして微笑みかけるのは祐介だった。こうして手を差し伸べるのは祐介だった。私の傍に立つのは祐介以外なかったのに! 何故、こんなことに!
 もう、溢れてくる涙を止めることは出来なかった。

「真帆さん……」
 恭介は、孝子から受け取った真帆の手を握り締めた時、その指先の震えに気付いた。そして、ベールに覆われた真帆の頬に流れる涙にも……。
 彼は、言葉もなく、ただ真帆を黙って見つめた。真帆が、兄の事で傷つき苦しんでいる。恭介は、兄に怒りを覚えた。余りに身勝手で、人として許せないと思っていた。
 泣き崩れてしまいそうな真帆の肩を、しっかりと抱いた。

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